大東京市民の常識

国立国会図書館の近代デジタルライブラリーに所蔵されている大正10年に発刊された書籍である「大東京市民の常識」の中には蓋に関する記述も含まれています。
それが、「道路路面画章略解」である。
今から93年前の記述(注1)なのでどのくらいの物が現存しているのか調べてみたい。

00 「大東京市民の常識」の中の道路路面画章略解のページ。
このページに記載されている順番にまとめてみたい。
拡大図と現在みられる物を対比してみる。(図をaとし、現物写真をbとする)

(一)地下電話線の電纜を接合又は工作するために設けてある地中函(マンホール)の蓋

01a 二の字地紋と思われる逓信省の蓋。

01b 都心部を中心に複数枚現存しているが、縁石付の蓋は少なめのようだ。
電纜(でんらん)とは絶縁体で覆った電線、及びその束のことである。
今風に言えば、ケーブルになるそうだ。

(二)電信、電話線の地下に埋設しある目標

02a 図。

02b 簡単に言えば、ここに埋設してあるよ! と言う目印だ。
この写真は東京駅の駅舎復原工事の際に一時的に顔を見せたもので、現在は再びアスファルトの下に埋められてしまったのではないかと推測できる。

(三)改良下水掃除又は工作をなす為に設けてある地中函の鉄蓋

03a 東京市型と思われる。

03b 蓋自体は都内の至る所で見ることができるが、縁石付となるとまず見つからない。
個人的にはこの蓋一枚しかみたことがない。

(四)自働洗滌槽鉄蓋、下水清掃のために一定時中に清水を貯水し自動的一時に放流して下水管の汚物を河川に流下せしむる装置のある箇所の鉄蓋

04a 挿絵では文字の書いてある甲蓋のみが掲載されているが、実際には文字の書かれていない乙蓋との二枚で一組になっている。

04b1 甲蓋。

04b2 乙蓋。

04b3 設置場所風景。
日本橋周辺。前方に見えるのは日本橋高島屋である。
大型の蓋故、現存数は多くないが都心を中心に時折見かける。
本来の目的(自働洗滌槽蓋)以外の用途に使用されている蓋が存在する。
その多くは特殊人孔蓋の代用品として使われているようである。
自働洗滌槽として現役で使用されているのは二か所だけだ。
その一つ、浜松町の蓋は更新されて現代の蓋に入れ替えられてしまった。

(五)角形マンホール(三)に同じ

05a 図。
「マンホールのふた 日本篇」に池之端1丁目にあったとされる汚水桝として掲載されている蓋と同一だと思われる。
現存を確認できない。

(六)下水、雨水桝の鉄蓋

06a 図。

06b 感じとしてはこんな蓋ではないかと思われる。

(七)水道の水を調節又は地下管線の工作其他阻水に必要になる装置ある目標にして地下管線の太、細により数種あり

07a 図。

07b 長い蝶番部分の特徴が良く似ている。

(八)同上

08a 図。

08b1 東京大学の赤門の裏側に設置されている蓋。
発見者はrzekaさんで発見当初は正体が不明であったが、「大東京市民の常識」に載っている蓋に似ていることが判明し、同書が一躍脚光を浴びるきっかけとなった蓋である(たぶん)。
挿絵と比べると蓋下部の丸い部分が異様に大きい。
この部分についての考察については rzekaさんが記述 されているのでそちらをご覧ください。

08b2 最近になって慶應大学構内で状態の良い蓋が発見された。
発見者は傭兵鉄子さん。
蓋の一部が欠けているが、紋章を含めほとんど摩滅もしていない。
現地へはまだ行って無いので写真は傭兵鉄子さんよりお借りしました。

なお、高崎市内でも紋章こそ違うが、同じ形状の蓋を見ることができる。

(九)同上

09a 図。

09b 阻水弇の蓋。
挿絵では紋章が左下に来ているが、写真のようにしたほうが見易いと思う。
状態はまちまちであるが、現在までに都内で十数枚の発見報告がある。

(十)市電氣局電燈部の地下電纜の埋設してある目標

10a 説明文から推測すると蓋ではなく、埋設標のようにも思える。
類似した蓋及び埋設標の発見報告さえ聞いたことが無い。
なお、市電氣局は現在の東京都交通局にあたる。

(十一)瓦斯の調節又は水取其他瓦斯管の諸工作をなす為に瓦斯を止むる機器の装置ある目標

11a 図。

11b 瓦斯の蓋。
都内では右書きで「瓦斯」はありふれているが、左書きはごく少数しか見かけない。
都外ではそれが逆転するのがおもしろい。

(十二)瓦斯の水取器の設備しある目標

12a

12b 瓦斯の蓋。
角蓋と丸蓋の違いだけ?

(十三)京橋区霊岸島の水準基標零點より計算し、市内各所の地盤の高低を計算せる基標石の鉄蓋

13a 文面から推測すると今日の水準基標の蓋のようにも思える。
このデザインの蓋の現存を確認できていない。

(十四)水道鉄管に消火用の装置しある箇所の蓋にして市内に約六八一〇個所あり

14a 図。
各隅に紋章が付いている消火栓の蓋は現存を確認できていない。
都内に限らず消火栓を含む上水道の蓋は下水蓋よりも姿を消すのが早い。

(十五)測量用の側角點に使用する石杭又は目標

15a 図。

15b 水準点の石杭の頭の部分ではないかと思う。
写真の物は現代風であるが、足の短い都章の物も見掛ける。

(十六)電信、電話の地下線の埋設しある目標

16a 説明文だけでは(二)との違いが分からない。
現存を確認できず。

(十七)千代田瓦斯会社の水取器の設備しある目標

17a 千代田瓦斯は東京ガスの前身の一つ。
本書が発刊される八年前に東京瓦斯と合併し消滅している。
本書が発刊された頃でも蓋を見ることができたのであろうか。
現存を確認していない。

本書に掲載されている蓋の内、現存を確認している物は約半数に過ぎない。
本書が取り上げたであろう、都心部は戦災や再開発で古い物は急速にその姿を消している。
しかし、水栓のように新たな発見が有るのはうれしい限りである。

(注1)初稿当時で93年。

撮影:2011.09~13.10 東京都内各地
(2014-11-13 初稿)
(2020-12-26 移設及び加筆)