青新ウォーク 後篇

 「マンホールを求めて街歩き 青新ウォーク」の前篇では聖徳記念絵画館周辺での素晴らしい蓋の数々を堪能しました。
後篇では蓋を始め、送水口、狛犬など街歩きらしいお宝に目を奪われました。
それでは後篇をお楽しみください。
神宮球場の阻水弇。
神宮球場は大正15年の開場である。
この阻水弇もおそらく開場当時あるいはその前後に設置された物と推測している。
ちょうど絵画館前の阻水弇と同じ頃と思われる。
観覧席直下(屋根の下)という幸運にも恵まれ蓋の状態は非常に良い。
これまで発見した阻水弇に比べると紋章が大きめである。
阻水弇丸小蓋の分類と題して文字の比較は既に記事化済みであるが、この蓋の発見により改めて書き直す必要がありそうだ。
阻水弇の設置場所。
スワローズクルー事務局前なので非常にわかりやすい。
なお、プロ野球の開催日には混雑が予想されるので日を改めた方が良さそうだ。
古い蓋も目立つ。
球場の敷地内には街中では見られないような古い蓋を目にすることができる。
絵画館前にあったのと同じタイプの丸蓋。
用途は恐らく排水関連と思われるが、昨今の実用一点張りの蓋には見られない気品が感じられる。
なお、今回の街歩きの際には見落としてしまったが絵画館周辺にもこの丸蓋が設置されている。
神宮球場前の水準基標の蓋。
管理人の好きな蓋の一つである。
まだ3枚しか見たことが無いが、情報に寄れば他にも存在するようである。
なお、このタイプの水準基標の文字には3種類確認済みである。
詳しくは 水準基標の文字比較の記事を参照してください。(未移行記事、後日移行予定)
現代の水準基標の蓋を参考に示す。
角蓋では「準」のサンズイが二点になっていたが、現代の蓋ではちゃんと三点になっている。
コンクリート製の蓋が多く、鉄製の蓋はほとんど見掛けない。
コンクリート製の制水弁。
絵画館前の制水弁よりも、こちらの方が紋章ははっきりしている。
秩父宮ラグビー場の蓋。
秩父宮ラグビー場に設置されている蓋は「国立競技場」表記になっている。
本家の「国立競技場」やその周辺では細字の蓋ばかりであったが、ここには太字を含め細字の蓋も見ることができる。
写真の蓋は下見の時に撮影した物で、街歩きの際にはラクビーが開催されていたので近寄ることができなかった。
場内には電気の蓋なども見ることができる。
毎年5月頃に無料での開放が行われているらしい。
この時に入場すれば蓋の撮影をすることができるかもしれない。
競技場周辺を離れ街中へ。
送水口。
斜めに設置されている。
デザイン的にはよさそうだが、実用的には?が付きそうだ。
定礎と一体になった送水口。
中々スマートですね。
単口送水口。
今回の街歩き中、唯一の単口送水口である。
先端からちょっと下がった位置に丸みを帯びた部分があるがこれが興味深い。
高徳寺前の河内山宗春の墓の表示。
河内山宗春は江戸時代の茶坊主。
謎の多い人物で、そこが魅力で歌舞伎やドラマなどに登場する由縁かもしれない。
詳しくはウィキペディアの 河内山宗春 の項を参照してください。
「ここには河内山宗春の墓があるんですよ」と案内したのですが、参加者の皆さんは墓よりもレンガ塀の方に興味があった様子で盛んに撮影されていました。
青山熊野神社の狛犬。
ここの狛犬は青銅(ブロンズ)製。
しかも狛犬の頭に宝珠が乗っている変わりダネ。
この神社の狛犬については エースをねらえ! 東京・青山熊野神社(後日移行予定) をご覧ください。
広告付きの住所板。
琺瑯看板時代の住所板では広告付きは珍しくないが、現在の物では少数派と言っても良さそうだ。
同じ区内であっても広告付きであったり、なかったり。
あるいはローマ字表記付きもありで中々興味深い。
「住所板」でググると結構出てくるので、撮影している人は少なくないようだ。
下見の時には近所の人が掃除をしていて撮影できなかった。
街歩き当日は撮影済みと思い込んでいてスルーしてしまった^^;
この写真はあやさんからお借りしました。
昭和54年頃の送水口。
KSのマークを持つ、岸本産業製の送水口。
マンションに昭和54年の定礎がありました。
<KS>は手書きのようだ。
ニョロニョロ配管。
ユーモラスな配管。
千駄ヶ谷町水道の止水栓。
かつての東京府豊多摩郡千駄ヶ谷町が運営していた町営水道の蓋。
旧千駄ヶ谷町の町域を中心に複数枚の現存が確認されている。
MURAYOSHIの蓋。
桜?のマーク付きの蓋。
以前どなたがツイートしていたのを見たことがあるだけのレア蓋。
「マンホールのふた 日本篇」の全国の私設の蓋いろいろでも掲載されている蓋。
境界標。
渋谷区と西鉄。
どうやら西鉄の関連施設があるようだ。
初めて見たときには「ギョッ」としましたよ。
千駄ヶ谷町下水の蓋。
「千」を囲むように「土木」がデザイン化されているらしい。
この日まで「千」以外には気づかなかったのはここだけの話^^;
首都高速道路公団蓋と基準点。
コンクリート製の蓋なれど侮ることはできません。
どちらかと言えば、蓋よりも基準点の方が珍しいかもしれない。
イッツコムの蓋。
正式名称は「イッツ・コミュニケーションズ株式会社」。
東急グループに属し、ケーブルテレビなどを運営している。
前身の「東急ケーブルテレビ」の蓋も東急沿線ではお馴染みである。
四分の三の基準点。
柱の中に四分の一が入り込んでいる様子だ。
docomoの蓋。
docomoに限らずモバイル系の蓋は少ない。
この蓋は下見の際に発見した。
以前、docomoの蓋が撮りたくて横浜まで行ったけど、こんな近くにあるなんて灯台もと暗しもいい所だ。
初代のロゴマークと現在のロゴマークの比較。
初代は設立当初から2008年6月30日まで使用された。
現在のロゴマークは二代目だ。
短足下水君の汚水桝(側溝蓋)。
このタイプの蓋の現存報告は全く聞かない。
この蓋が唯一の物かもしれない。
階段人孔の所の短足下水君の汚水桝(側溝蓋)。
(参考として掲載)。
新宿区内の宗柏寺近くのいわゆる階段人孔のすぐ脇にも同様の蓋が現存している。
よく見ると代々木の蓋とは鍵穴の数が異なり、下水君の紋章自体もこちらの中央が平らなのに対し、代々木は凹みがあるなど違いが見られる。
コンクリート製の制水弁。
この日3枚目のコンクリート制水弁である。
この蓋の特徴は中央の鍵穴の部分が東京市水道局の紋章ではないかと言われている点にある。
東京都水道歴史館の水圧計(参考掲載)。
水圧計の丸い部分と制水弁の鍵穴の形状が同じだ。
路上に並ぶ水道管位置標示金物の列。
水道管位置標示金物の一覧。
現在の仕様書にも記述が載っている現役の金物である。(追記・最新版の仕様書には記述が見当たらない。)
「此所にこんな風に水道管が埋設されていますよ」と示す金物である。
蓋では無いので開閉のための鍵穴は存在しない。
四種類のうち、クロスしているものは未確認なので合成しました^^;
京王電鉄の蓋。
当初のコースには入れてなかったのですが、急遽ご希望により加えた蓋。
正式には京王帝都電鉄時代の紋章ですね。
すぐ近くには角蓋も設置されています。
東京電力の蓋。
「マンホールのふた 日本篇」にも掲載されている蓋。
東京オリンピックの頃、西新宿に30枚ほどが設置されたとの記述がある。
西新宿の全域を探索したわけでは無いが、今のところこの蓋以外には見掛けない。
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最後までお読みくださり、ありがとうございました。
スタート地点からゴールまで約5キロメートル。
所要時間は約5時間でした。
つまり、時速1キロ。
途中の休憩もなく、5時間歩き通しでしたがほとんど疲れも感じませんでした。
参加者は私を含め4名でしたが、これが却って良かったとしみじみ思い返しています。
多数になると探索の列も乱れがちになり、案内人一人では収拾が付かなくなったと思います。
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教訓その1。「写真は参加者と一緒になって撮るべし」。
そうすればまとめるにしても撮影順に並べれば済みますし。
今回はそれをしなかったために、過去の写真をフォルダから探し出すのに手間を食いました。
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教訓その2。「イベントが多い季節は避けるべし」。
誰だって有名な方のイベントの方に参加したいですよね。
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教訓その3。「資料は必要ないかも」。
今回の街歩きに際し、ごく簡単な配布用資料を作りました。
簡単な内容とは言え、完成まで1週間も掛かりました。
掛かった苦労の割に「使えなかったなぁ」と言うのが実感。
(掲載の写真の多くは下見の段階で撮影した物が大半です。)
開催日:2015.10.04(日曜日)
*参加者の方が参加記を書かれています*
*参考までにリンクを張っておきます*
送水口倶楽部(あやさん)
青新ウォーク参加記録 前編
撮影:2015.04.16~10.04 東京都港区及び新宿区内各地。
(2015.10.11 初稿)